やっと「陰摩羅鬼の瑕」を読む。

陰摩羅鬼の瑕
2003年に発行されて、同年位前に入手した筈なのに、読んだのは今日だという。
5時間かかかる作業に取り掛かるのに、6年かかってしまいました。

というのも、いいかげん京極シリーズを読み返すことも無くなったので、手持ちの全巻を処分(といっても、本を捨てるという事が出来ない性なので、近隣のブックリサイクルに提供)しようと思ったのです。

読みたくなったら、図書館で借りれば良いのだという事に気付いたのもある。

しかし、普段探偵小説を読む際には「犯人は誰だ」とか全く考えずに(その内解明する事に悩むのも面倒)、タラタラと読むのが常なのだけれど――
なにもかんがえなくても、殺人が起きる前に、ひがいしゃもはんにんもりゆうもあっさりわかっちゃった!
読者にヒント呉れすぎです。
犯人わかっちゃったら、その後の犯人探しも、何時もはヒントを与えてくれる京極堂の「全く事件に関係ないように見えて所々前振りが隠されてる、ひたすらマニアックな妖怪薀蓄」も読んでてうっとうし(以下略)。

結局のところ、この事件の本当に禍々しい所は、犯人でもその動機でもなく、犯人のお父さんがした事だったのだろうけれど。
犯人の起こした殺人を隠れ蓑にして、こっちを今回のビックリポイントにしたかったのかな~とも思うけど(丁寧に隠してたし)。
でもその隠れ蓑に、過去作品にはある「読者を最後まで引っ張ってく引力」が足りなかった様に思う。
その所為で、殺人事件小説というより、なんか「林羅山を再評価しよう!」というレポートを読んでる気分になっちゃった。
そして私は始終「いや林羅山興味無いし」と思っていた。

構造的には、「姑獲鳥の夏」とどこか似たようなキーワードだなという印象も持った。
(だから新鮮味を感じなかった、というのもあるかもしれない)

 ・関口が空回り。
 ・閉鎖された家族。
 ・部屋で起こる。
 ・探偵が、真相が解ってるのに役立たず。
 ・犯人が天然。
 ・犯人の親がアホ。
 ・鳥。
 ・木場がちらっと出て来るけど特に重要でもない。


――書き出すと大した事無いカンジだけど、あくまでふわふわした印象でそう感じた。

個人的な要望としては、榎木津と木場のどつき漫才見たかったなぁ。
最近、幼馴染ズが揃ってる場面、見た覚えがないな~。
(だから6年前の小説ですよ)

そういえば、後巷説百物語に出て来る由良家が、陰摩羅鬼での舞台なのだ。
巷説と京極堂シリーズは地続きなのだった。
しかし、又市さんが存続に協力した家、潰れた(?)のこれで2件めだ。むなしい。

関連記事

Comment

Leave a Reply


管理者にだけ表示を許可する