超電王感想:聞き流し必須、ネガティブ編。


「劇場版 超・仮面ライダー電王&ディケイド NEOジェネレーションズ 鬼ヶ島の戦艦」DC版


これが引っかかってて一年近く感想が書けませんでした。
超電王を手放しで大絶賛の方は、読まないで下さい。
自分でもダメージ受けた。
反転します。


■腑に落ちないモヤモヤ
・おもしろくなくはない。ないのだ。楽しいところも沢山あったのだ。
・でも、何かすっごいモヤモヤした。
・だってどうやってミミが現代に来たのとか、何で従えてるのが鬼じゃなくてゲルニュートなのとか、何で良太郎ちっさくなったのとか、「全部地震のせいですチャンチャン」じゃ余りにも理由として軽い上に、その地震について何も説明も無くて普通に何も解決しなかったし、正直、この脚本家のやり方にしては、らしくない
・ミミ&クチも鬼が2人だけな以上絶滅は決定していて、規模は兎も角いたちの最後っ屁みたいな戦いだったし、ボスとしては軽い。
・何か中途半端というか、なんだろう、なにこれ。子ども番組じゃこの位の大味は普通だけど、この人にしてはらしくない。それが違和感。で、それが映画を見た当初、私が感想で「わからない、わからない」と言っていた原因でした。「わからないならわかんない場所をネットで誰かに聞いたら?」と言われたが、誰かに聞いて答えが見つかるという話でも無かった。
・なんか、「実はミミヒコクチヒコがラスボスじゃなくて、バックに彼らをも利用していた大ボスがいて、それが時間稼ぎの為にミミ&クチを利用して今回の騒ぎを起こしてて、それが良太郎をちっさくした大地震も起こしてて、実は何か裏でもっとでっかい大変なことが」――という展開というか何かしらの理由付けがあったなら、この流れが腑に落ちたのになぁと思いました。

■連動モヤモヤ
・俺誕生は電王本編とのリンクだったからまだアレだったけど、電王映画なのに別ライダーのディケイド本編と完全連動した映画だったのは、電王は好きだけどディケイド苦手という人には厳しい。電キバはキバ本編を見なくてもそんな問題なかった映画だったけど。私はディケイドは割と面白いと思ってたので、本編追っかけるのそんなに苦になりませんでしたが。

■何か肩透かしだったモヤモヤ
・ゼロノスチームの話をするなら、あそこは2人しか居ないから侑斗とデネブが引くほど仲良しというのは既に周知の事実なんだし、今更それを強調するより、愛理さんとの事をどーにかして欲しかったなあというのが正直な感想。砂糖が甘いのは解ってるから、その甘さの説明してもらうよりも、砂糖で作った料理が食べたかったなあ。超電はお祭りの上にパラレルらしいし新たな顧客層を掴む為のものだったらしいから、テレビの地続きは無理だったのだろうな。うん、まー、むりだよね。
・小太郎は頑張ってたけど、演技を合わたならもう一寸高めの声でセリフ喋ってくれても良かった気もしないでもない。


■映画を見る人の設定年齢モヤモヤ
・思うにこの映画の撮り方って、保護者目線な映画の撮り方してる。子どもに恐怖感を与える事を良しとしない。
・子どもが敵に追いかけられるシーンでもどこかコミカルで切羽詰った感は無い。戦闘シーンでも緊迫感は出してない。お笑いの入れ方も、極端にコロコロ漫画的というか、子どもにいないいないばあをしている様な笑わせ方の表現。敵でさえ殺すのが哀れになるほど時にコミカル。ほんとにボスキャラか?と疑うほどに怖く撮らない。戦闘シーンで村人は酷い目に遭ってる筈なのにそんなシーンは一切入れない。子どもは大人のフォロー下で安全に冒険をする。
・その撮り方普段は別に嫌いじゃなくて、実際同じ監督のガメラ4もやばいくらいに泣いたのだけれど、ただ、私は平成仮面ライダーを見る人の気持ちは「守られる」んじゃなくて「一緒に戦場に立つ」もんだと思ってたので、かなり面食う。てっきり視聴者はそのくらいの年齢を想定されてるのかと思っていたので、この年齢設定は想定外。
・同じ劇場で見てたちっさなお友達は楽しんでたので、これはこれで有りなのでしょう。


■結論
思い込みで映画を見るのは止めましょう(そもそも映画をやってくれただけでも有り難いのだ)


良い所だけ書けば良いのは解ってるのだけれど。
妄信は嫌だ、清濁併せ呑む。
でも、ある程度キャラ物としても成功してるので、キャラが出てれば良いや~と思ってしまう部分も否めない。
やっとポジティブ編へ。安堵

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